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2007年09月21日

続・ラピタ人って?

ラピタ人って?ずっと気になってましたので、私も調べてみました
人類で初めて長距離航海を成し遂げた海洋技術集団とか、海のモンゴロイド、その正体は縄文人なのでは!?等々、アジア人とポリネシア人をつなぐミッシング・リングとして未だに謎が多いラピタ人。3000年以上も昔(紀元前1500年~紀元500年)、ニューギニアからサモアの辺りに突如現れ、一帯に広がっていたラピタ文化の遺跡。それが彼らの存在の証です。以前、このブログでも紹介された、とても精細な文様を刻んだ高度な土器文化を持つ集団だったようです。
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フィジーで発掘された約3000年前のラピタ人の女性のものと思われる頭蓋骨の復元像。充足感に充ち溢れた立派な顔立ちです♪
★今回は、そのラピタ文化消滅の謎と文化に少しだけ迫ってみたいと思います

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このラピタの名は学者が命名したもので、最初に遺跡が発見されたニューカレドニアの土地の名がその名の由来です。だから、実際に過去そのように呼ばれていた種族が存在したというわけではないんです。後年、学者によってラピタ文化と名づけられた、ラピタ文化を持った人々が、ラピタ人であり、ラピタ集団ってわけなんですね。(縄文人や弥生人と同じなんです
■ラピタ文化消滅の謎
現在のポリネシア文化がラピタ文化を背景に生まれたとは一概に言えないものの、ラピタ文化は今から約3600年前にニューギニア東北部の島やビスマーク諸島に突如出現し、2000年ほど昔まで、現在のメラネシア一帯で花開き、遺跡から発掘された人骨や、加工した貝殻、食糧となった魚などの地理的変遷から、彼らがポリネシア人の先祖に大きく関わっていた事が確認されています。
彼らはその後さらに東進するのですが、ラピタ文化とポリネシア文化を直接に結ぶものは、残念ながらあまり多くは見つかっていません。その理由は分析可能なラピタ人の人骨が十分にないこと。そして、ラピタ文化の特徴であった土器の消失が大きく関係しています。
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■土器の消失
ポリネシア周辺の島の土壌は、ほぼ玄武岩と珊瑚礁で出来ています。実は、これらの玄武岩や珊瑚には多くの気泡があり、土壌化したものも含めて、土器の材料には適さなかったのです。
ラピタ式の土器は当初、サモアやトンガにも持ちこまれましたが、素材となる土が乏しく、土器制作の文化は衰退の一途をたどります。持ち込まれた当初は、ラピタ式よりシンプルな文様の土器が造られ、やがて無文様の土器となり、そしてついに、土器そのものがなくなっていくのです。
ポリネシアの風土環境によって、土器文化はすべて木器文化に置き換わっていきました。そして、この木の文化への転換が遺跡の長期保存を不可能にし、その後の彼らの文化形態が謎に包まれてしまったのでした。
でも、土器は消滅し、その後の古い木器も風化してしまいましたが、ポリネシアの島々に伝わる刺青やカヌーのデザインには、今も「ラピタの文様」が間接的に表現されているとする学説があります。文様はさまざまな宗教的意味合いや、ことばに代わる情報伝達表現として利用されています。物質は風化しますが、観念や習慣といったラピタの文化は風化せずに受け継がれている。その可能性は十分にあると思われます。
わずかに発見されたラピタ人の人骨からは、彼らがかなり大柄(180cm以上)であったことが推測されています。現在、この体型にもっとも近いのはサモア人やトンガ人。彼らがラピタ人の末裔であるとは断言できませんが、極めて深い関係にあるようです。
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ラピタ人の生活風景想像図

■ラピタ人の航海技術 
人類史上で初めて、遠洋航海を実践したのはラピタ人ではないかと言われていますが、彼らの航海技術は驚くべきものであったようです。
彼らは300年ぐらいの期間に、安定性の高いカタマランという双胴船を用いて、東のソロモンからニューカレドニア、さらに東のフィージーや西ポリネシアのトンガやサモアに進出、その後も、ハワイ諸島を経て、最終的には、イースター島・ニュージーランドにまで拡大します。ラピタ人は遠洋航海に必要な地図も磁石も六分儀もない時代に、数百kmもの航海を成功させ、民族の移住を実現させているのです。まさに海のモンゴロイドですね。
なぜそのような航海が可能だったのでしょう? 
それは、彼らには海の彼方に、どの方向に、どのくらいの距離に、人の住めそうな島があるか、居ながらにして分かる 能力と技術があったからと考えられています。
彼らは波の動きから、未知の島を読み取ることができたのです 舟で沖合いに出てから、へさきから海に手を入れて、波の動きを感知することにより、それは知ることができるという特異の能力を磨き上げていたのです。そして、その証拠とされるのが長短十数本の竹のひごで編んだマタングという道具です。
この道具は、ラピタ人が子供に波の動きを学習させるためのもので、マタングの中心に島の位置を想定し、それぞれのひごが島に寄せるうねりや、島に反射して起きる波、島に当たって方向が変わる波などというように、波の動きが分かるように示されているというのです。
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マタングの復元模型 真ん中の5本の真っ直ぐな棒の交点が島の位置を示す。左から2本目の短い真っ直ぐな棒が島に寄せる波のうねりを示す。4本の曲線の棒は うねりが島に当たってはね返ってできた反射波(右側の弧の棒) と、島に当たって方向が変わった波(右側と上下の弧の棒) そして、うねりと交わる波(左右と左側の弧の棒)をそれぞれ示す。
にわかに信じられない事ですが、実際、研究でもハワイ島が8,000km先の海流に影響を与えていることが確認されています。太平洋に点在する島々が波やうねりを起こし、その各々の島がそれぞれ数十、数百km先の海にも影響を与えている事は十分ありえる事なのです。
わずかな波の微妙な動きを読み取ることができたラピタ人。それだけでも現代人の感覚からすれば、十分に驚嘆に値する超能力ですが、それ以上に凄い事があります。彼らは最終的にはおそらく南北アメリカ大陸にまで到達したであろうと考えられていますが、15世紀の大航海時代より遥か以前の紀元前15世紀!!ラピタ人たちは太平洋はおろかインド洋の無数の島々を既に発見していた、というこの事実!!本当に驚きです。
最後まで読んでくれてありがとう! (byCASA )

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comments

>母音、泣き・笑い・嘆き、虫や動物の鳴き声、波、風、雨の音、小川のせせらぎ、邦楽器音などは、日本人は言語と同様の左脳で聴き、西洋人は楽器や雑音と同じく右脳で聴いていることが分かった。<
情緒を重んじる日本人が故かと思っていましたが、こんな所が違っているとは、興味深い実験ですね。
ただ、「泣き・笑い・嘆き」が西洋人は音楽と一緒の右脳とは...これって本当でしょうか?ちょっと、疑問に感じました。そうだとしたら...ちょっと怖いですね。

  • 河内のおやじ
  • 2007年7月17日 23:58

日本語は母音で言葉を形成する部分が大きい言語であり、個々の母音(あ・い・う・え・お)がそれぞれ意味を持っているのに対して、英文では、一般的に母音の役割はあまり重要でなく、母音を全部抹消してしまっても、子音だけで意味が十分に理解できると言われています。
そのような理由で西洋人は子音を言語脳(左脳)、母音を音楽脳(右脳)で処理しているようですが、人間の感情的な声が意味のあるものとして認識されていないというのは確かに??が残る部分ですね。もう少し調べてみたいと思います。

  • yuji
  • 2007年7月19日 01:46

読んでて、日本人の「万物の背後に精霊をみた」という精霊信仰によるものかと思いましたが、先天的なものではなく、後天的な言語学習によるものの違いなんですね。ちょっと残念です。。( ´△`)
日本人は西洋人に比べて耳の中の蝸牛が長いって聞きました。そのため様々な音を聞き分けられるそうです。日本人の指揮者が西洋で注目されているのも、日本人の優れた聴覚によるところもあるようです。

  • マニマック
  • 2007年7月19日 22:09

共同体社会と人類婚姻史 | 日本語が作る聴覚と脳の特徴

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