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2022年01月21日

人類はどのように観念機能を獲得していったのか~自然界のエネルギーはメスを通じてオスへ~

(画像はこちらからお借りしました)

 

自然の波動をキャッチし、その本質を表出させる、観念(=言葉や、言葉の原型となる像やイメージ)機能。

この形成(追求)過程において、メスによる波動の共鳴・増幅を受け、オスが本質や特性を抽出するという連携(役割分担)が行われているのではないか」というのを前回の記事で扱いましたが、身体的なある機能も、どうやらそれを裏付けるような進化をしているようなのです!

 

実は、女性の皮膚は電子の受け皿となる穴が発生しやすく、人が自然界からもらうマイナスイオンを効率良く吸収できるのは女性だけなんだそうm001.gif

では男性はというと、直接は取り込みにくいけど、なんと女性の体を通してそれを取り込めるようになっているんだとかm208.gif

夏目祭子さんの著作『あなたが目覚める愛と性のギフト』より紹介します。

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2022年01月19日

人類はどのように観念機能を獲得していったのか~オスとメスが一体になって追求

男女和合の道祖神の写真はこちらからお借りしました。

人類だけが持っている言葉や概念を操れる観念機能。その原点の構造を明らかにして人間の本質に迫ろうとしています。

前回は、観念を生み出したのは、万物が発する波動を感じ、同化するところから始まったのではないかという話しでした。木に登れないサルという本能不全を抱え、飢えの圧力に苦しめられていた人類にとって、周りはすべて恐怖の対象。しかし、性充足の果てに宇宙=万物と一体であるかのような感覚を得たことは、なによりの安心感だったはずです。

 

そして、万物と一体という感覚、つまり、自分は自然の一部で、自然と一体=同じなんだという感覚が得られたことを意味します。

人類にとってこの感覚を得たことは大きかったと思います。これまで恐れるだけの対象だった自然が、周りの仲間と同じような存在かもしれないということを潜在意識のレベルで掴んだわけです。

そして、その感覚に導かれながら、仲間に対するのと同じように、自然という対象=波動エネルギーの中に、「期待し応合する」ものを見出そうと、おそらく数百万年に及ぶ探索が始まることになります。

 

今回は、その追求の様相に迫るべく、観念の追求にオスとメスで違いがあっただろうという追求です。

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2022年01月14日

人類はどのように観念機能を獲得していったのか ~波動をとらえて自然と一体化

みなさん、こんにちは。

人類は観念回路をどうやって獲得していったのか。今回は第2回です。

画像は(こちら)(こちら)からお借りしました

前回は、オスメス間でのチャネリングとオス同士のトランスは、波動の共鳴(同一視)であること。波動の共鳴が観念機能に繋がる観念原回路そのものであった、と仮説をたてました。原始人類が宇宙や自然から感じ取った『何か』とは、波動なのではないか

 

今回は、どのように「自然と一体化」していったのかを追求してみたいと思います。本来、五感で捉えている世界は本能で生きることができる世界。本能を超えた共認回路をもった人類だから獲得できた「自然と一体化する」という感覚はどこからくるのでしょうか。

 

縄文体質を残す日本人には、虫や鳥の鳴き声を左脳で「言語」として捉える。これも「生きとし生けるもの」として等しく声や思いをもつ日本人の自然観がでています。自然や万物への同化が、そうさせているのでしょう。俳句の季語では「山笑う(春)・山滴る(夏)・山粧う(秋)・山眠る(冬)」のように擬人化された表現が多いのもそのひとつです。

 

建築としては「庭屋一如」。「庭と建物は一つの如し」と言う意味で庭と建物の調和がとれた生活をあらわしています。自然とヒトは分かち難くつながっているという日本人の心情のあらわれです。縁側、濡れ縁、通庭といった内外曖昧な空間も季節を肌で感じる暮しを続けてきました。

 

また、ヒトは自然の森に入ると気持ち良いと感じます。樹々の葉擦れ、小川のせせらぎ、虫の声には、人の聴覚では感知できない超高周波音が含まれていて、それを全身で感じて、ストレスを軽減、心を穏やかにし、免疫系を活性化させることが分かっています。私たちは森のリズムに同調して生きてきたのです。

 

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2022年01月13日

観念原回路とは、波動を共鳴し増幅させる回路

画像はこちらからお借りしました

 

 

人類最大の特長ともいえる「観念機能」。人類はどのようにして観念機能を獲得していったのでしょうか。極限時代の第2ステージは、そこに照準をあてて追求していきます。

 

例えば観念機能の産物の一つである言語。言語の出発は、ピカピカやアカアカ等の擬態語ですが、これは原始人類が宇宙や自然から感じ取った“何か”を現わした言葉だと思われます。この“何か”とは何なのでしょうか。また、宇宙や自然から、どのようにして感じ取ったのでしょうか。それを考える糸口は、メスの性充足によるオーガズムの境地(チャネリング)と、オス同士の踊りによるトランス状態にあります。

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2022年01月07日

極限時代の人類は、どのように集団を存続させていったのか~集団意識の変化~

前回の記事では、身体的視点から、極限時代の環境が、どのような出産、子育ての戦略を導いていったかを扱いました。

 

今回は、集団意識の変化を考えていってみたいと思います。

 

極限時代の人類は、洞窟に隠れ棲み、獣に襲われにくい夜にこっそり食べ物をとりにいくような生き方をしていました。稀に入手できた動物の骨の髄をすすったり、虫や落ちた木の実など、サル時代よりもずっと劣った食べ物を得られるかどうかという状態。強力な飢えの圧力に晒された人類にとって、仲間との一体充足が生きるための唯一の可能性でした。

 

そのような状況下で、人類はオスメスの性充足や、チャネリングにより集団の一体充足を高めることよって生きながらえたと考えられますが、出産や子育てについても、一体充足が重要であったと考えられます。

 

他の類人猿(チンパンジー等)が、長い授乳期間中は排卵を止めるのに対し、人類は、産後、早い人は 45 日ほどで排卵が再開します。ただし、産めるからといってメス単体で次々に産んで育てることは難しく、周りから食料を分けてもらったり、周りと一緒に子どもを育てたり、共同保育が多死多産形態を実現していく鍵になったと思われます。

 

そのような状況を想像すると、子育てにおける充足は、お母さんと赤ちゃんの一対一の関係ではなく、集団の中で、周りが赤ちゃんに期待し、大切に育てていくようなものとなった。つまり集団の一体充足による子育てとなっていったのではないでしょうか。

 

また、出産後だけでなく、子どもが生まれる前から、集団の期待をお腹に宿す、という空気があったのかもしれません。縄文時代の事例ですが、住居の入り口には、死者を入れた土器が埋められていることが多く、胎盤、あるいは流産・死産児の遺体を収めたものだと考えられているそうです。

遺体をおさめていたとされる甕棺(かめかん)。穴が下を向いて埋められていた。画像はこちらからお借りしました

 

縄文の人たちは、住居の近辺のトイレや玄関など、女性がよくまたぐ場所に乳幼児を埋葬することによって、子供の魂が再び母親の胎内に宿り、その再生を願ったと考えられています。

参考(縄文 なんで子を大切にしたか?

洞窟の極限的環境で、集団の誰かが死んでしまうということも度々起こる中、子どもの誕生は大きな期待だったに違いありません。その期待の中で、集団一体で子どもを育てていく意識へ変化していったのではないでしょうか。

 

次回からは、いよいよ観念機能をどう獲得していったのかに入っていきます。集団の一体充足を高めていった人類が、その先に何を見出したのか。お楽しみに!

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2022年01月07日

極限時代の人類は、どのように集団を存続させていったのか~多産化による生き残り戦略~

画像はコチラからお借りしました。

前回までの記事「一体充足に可能性収束した人類」シリーズでは、洞窟で生活するようになった始原人類が、圧倒的な外圧状況に対する不全解消期待に対してサル時代に獲得した共感機能(同一視回路)に全面収束し、より仲間・オスメス間の一体化充足を高めていったことについて扱ってきました。

さて、人類が直面した極限時代の外圧状況に加え、踊りによるトランス状態やチャネリング回路の開放により一体化充足を高めた結果、家族集団・子育て関係はどのように変わっていったのでしょうか。

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2021年12月31日

一体充足に可能性収束した人類⑤ ~初期人類の婚姻様式とチャネリング~

写真は原人が生活していたインドネシアにあるリアンブア洞窟(写真はこちらからお借りしました)

これまでの記事で、極限時代の初期人類のメスとオスの変化を見ました。洞窟を出て餌を取ることは決死行であり、オスは集団の統率力を高めるため性闘争を封鎖しました。メスは、極限の外圧に対して闘争面では役に立たないため、性的役割に収束していきました。

では、オスとメスの性関係=婚姻様式はどうなっていたのでしょうか。婚姻史ブログの本題です。

なお、この時代、人類はまだ見た目はサルです。いわゆる猿人という段階です。ですので、メスとオスと表記しています。

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2021年12月28日

一体充足に可能性収束した人類④ ~心と身体は一体~

 

 

一体充足に可能性収束した人類② ~オスとメスの性充足~

一体充足に可能性収束した人類③ ~オス同士の踊り~

に引き続き、もう一つ。

極限時代の人類は、共認機能に全面収束したことで、肉体的にも適応力が上昇したのではないかと思われます。「病は気から」の言葉が示すように、心と身体は一体。現代でも、共認機能が活性化することで、病を超克した事実は数多く存在しています。

 

例えば、

・太陽や動植物、宇宙のエネルギーと自分の身体が一体化して、病が治った話。

・あふれ出る感謝の心が、病を消滅させた話。

・苦しい現実にあがくのを止め、全てを受け入れた途端、癌が消滅した話

・三大治療に頼らず、末期癌を自分で消失させた事例。

・絶食によって、人間本来の適応力が再生される話。

http://yogananda.cc/health/kansya_yamai.html

https://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=288554

https://naotta.net/

http://web.kansya.jp.net/blog/2012/06/001290.html#more

 

その他にも、近代医学では説明できない現実が、本当にたくさんあります。

むしろ近代医学に捉われるほど、これらの現実が見えなくなり、人間本来の力が失われていきます。

 

今回はその中でも、男と女が、苦しい状況を同一視したことで、深い共認充足が得られ、半身麻痺、言語障害を乗り越えていった話を紹介します。

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2021年12月23日

一体充足に可能性収束した人類③ ~オス同士の踊り~

(画像はこちらこちらこちらからお借りしました)

 

さて、前回の続き。オスメスが同じ極限状態に陥り、どう変化したか。

今回はオスの変化について追求してみたいと思います。

 

極限的外圧状況においては、性闘争本能剥き出しでは集団の共認充足を破壊してしまいます。仲間同士で争っている場合ではないため、性闘争を封鎖しました。これは、オスの犬歯の退化にもあらわれています。

 

極限的外圧状況に加え、原猿時代から培われた期待応合による仲間プラス回路により性闘争を封鎖することは可能になったと考えられます。これは、哺乳類の摂理を踏み外した危険な行為とも言えますが、仲間との充足が生きる希望であり唯一の命綱だったのでしょう。

 

メスは、極限の外圧に対して闘争面では役に立たないため、性的役割に収束していきました。

その分、オス(特にボス)の闘争負担は極めて重くなります。洞窟を出て決死行するのはオスと役割。生存確率は、その集団の統率力に規定されたと考えられます。ボスの統率力だけでなく、成員のモチベーションが重要となります。どのように高めていったのでしょうか。

 

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2021年12月22日

一体充足に可能性収束した人類② ~オスとメスの性充足~

神道・仏教・ヒンズー教。いずれも性は神聖なものだった。
(※画像はこちらこちらこちらからお借りました)

 

異なる状況下・不全状態の中で、部分的に同一視できた地平を起点に、オスの不全解消期待に応えて性機能を磨いてきたサル時代のメスたち。

 

そんなある時、足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなった退化サル(=原初人類)は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力・外敵圧力に直面します。

その結果、オス・メスとも、同じく極限的な状況に陥り、強烈な不全感に苛まれるようになったのです。

 

今回は、状況と不全が同じオスとメスに生起したその強力な不全解消欠乏が、オスとメスの関係にどういう影響を及ぼしたのかを追求してみたいと思います!

 

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