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2021年03月04日

支配から自主管理へ-7

前回の記事から、もともとの人類にとって、自主管理の集団こそが普遍的であり、支配構造で社会を構成するような国家のほうが特殊ではないかという示唆を与えられた。

現代では支配-被支配という理不尽な関係では人々は決して満足できない。では、なぜ支配構造による国家が形成されてきたのだろう?

その要因として、遊牧という生産様式があった。家畜を飼いならすという意識が急激な気候変動によって農耕を生業とする部族から略奪し、人を飼いならすことは容易に想像できる。至るところでそういった略奪が発生すれば、それまでの自主管理の集団ごとバラバラに解体されてしまい、略奪したならずものの勝者に依拠せざるをえなくなる。その勝者敗者の力関係が支配被支配の原型だ。生殺与奪は支配者に委ねられてしまった。

今回は逆に支配構造に至った経緯を探り、いち早く本来の自主管理体制に移行することが合理的であることを明らかにしたい。

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2021年02月25日

支配から自主管理へ-6

前回は、自主管理に求められる能力について述べさせていただいた。肝心なのは、知識として「なるほど」で終わらずに、実生活をいかに変えていくかという意識の転換で、実践してこそ身についていくものだといえる。実は、日本人にとっては真新しいことではなく、江戸時代にもみられる。人類史に拡張して俯瞰しても、極限時代にはあたりまえのことだったのではないだろうか。未開の地で生活している部族は支配のくびきを逃れ、自主管理を貫いている。

今回は、そのような実践事例を紹介したい。

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2021年02月18日

支配から自主管理へ-5

前回は、来るべき自主管理体制の社会において、どのような能力が求められるか紹介した。とはいえ、そういう能力を身につけるにはどうしたらいいのか?

もはや、学校にそれを期待している人はいないだろう。かといって自力でそれが身につくとも思えない。カギは仲間。そういう場で心を開きとことん熱中する。それは自己満足の次元ではなく、仲間が全員、満ち足りた状況になるにはどうするかという意識を持つことが芽生える。一見、子どものことのように感じられるが、実は何歳になってもこういう根本的な充足感が自主管理の原点であり、能力を培う仕組であるようだ。

そのような記事を紹介したい。

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2021年02月18日

恋愛観念は、日本にどのように広まっていったのか?~2~

前回の記事では、大正時代に「恋愛」「純愛」を教え広めたのは、「新聞」「ラジオ」「映画」という洗脳機関ということに焦点を当てましたが、今回はさらにその背景の構造に踏み込みたいと思います。
理由は特定の洗脳機関や作家の仕業というだけではなく、西洋発の華やかな市場化の進展と、恋愛観念を作り広めた文化人というものに共通する構造があると思われるからです。

当時、市場化によってお金の圧力が高まり、競争の結果として貧富の差(勝者と敗者の差)が生まれて、結婚は「顔(女)」と「金(男)」の交換取引のような功利的な面があらわれてきます。
そういう見苦しい現実に対し、非現実の「恋愛」「純愛」は現実を美化する働きがあり、補完する関係にあるものと考えられます。

明治末に完成した「家」制度の下では、資産の所有権と結婚を決める権限は家長(オヤジ)にあり、家と家長の状況次第で子の運命は決まってしまいます。どこまで裁量できるかはお金次第という訳です。
この状況下で家が決めた事に子に納得がいかない場合、子には反「家」的な自我が生まれますがどうしようもありません。
そこに恋愛の根っこがあり、ある特定の異性だけを美化して「この相手しかいない」「それは何よりも大切な事」と思い込む事で、恋愛が成立するわけです。

しかし、こういう「思い込み」は自然発生的にできるものではなく、恋愛小説や映画などによる疑似体験での強い共感充足によって、「思い込みの脳回路」が形成されて初めて可能になります。
この疑似体験を使って感化する手法は、ヨーロッパで開発された手法で、明治~大正時代の文化人(小説家や画家、音楽家、大学の先生)たちは、ヨーロッパ文化に(強く感化されて)これを学び、翻訳するだけでなく、(それは何より大切と思い込んでいるので)より強力な共感が得られるよう丹精をこめて日本風に焼きなおして発表し、広めていったものと思われます。

また、小説や映画は(当時としては新しい)印刷技術や映像技術によって広まるわけですが、ヨーロッパのルネサンス初期の小説の発祥と印刷技術の開発がセットであったのと同様に、明治から大正に掛けて輸入され、新聞は朝日、毎日、読売が100万部を突破していきます。

このような動きは一見バラバラに見えますが、日本への(戦争)資金の供与(借金)と、文化の育成というものが、西洋発の(金貸し発の)市場化への戦略であったと捉えれば、以下のように繋がります。
これは、西洋側からすれば、日本に戦争圧力を掛けてお金を貸付、日本をお金第一の功利的な社会にしていくとともに、一方で「西洋文化」というものを供与してやりさいすれば、(日本は自ら学んで)華やかな市場が出現するという構造です。

華やかな市場が出現

文化(人)の育成 → 見苦しい現実を美化 → 恋愛の刷り込み
↑↑        ↑           ↑↓
市場拡大の圧力 → 功利的な社会へ → 共認非充足と自我の発生

★大正時代は、国家による教育勅語的な洗脳と並行して、西洋発の市場化戦略の洗脳が急速に進展し、その勢いが一時的に上回った時期であったようです。

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2021年02月11日

支配から自主管理へ-4

前回、自主管理社会へ転換する記事を紹介させていただいたが、その中で

「権力体から共同体への転換は、簡単に実現する。その場合のネックは唯一つ、成員の集団統合能力の貧弱さであり、逆に言えば、集団統合の能力育成こそが、次なる最大の課題となる。」

という課題が浮かびあがった。これまであまり注目されていなかったが、いわば人間力のあるものが重要となる。置かれた状況をいかにひろく深く察知できるか、いかに最適な方針を打ち出せるか、いかに合意形成を円滑に図れるかが問われる。

そういう先端の課題に先立って、どのように育ってきたか、人に対して、社会に対して肯定視しているのかが決定的に重要で、それがここでいう能力を規定するようだ。

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2021年02月04日

助産師・坂本フジヱさん「男と女が同じなら、そらセックスもせん」

95歳まで助産師を続けられた坂本フジヱさん(和歌山県 田辺市)のインタビュー記事を紹介します。
70年を超える助産師人生で、取り上げた赤ちゃんは4000人。著書の『大丈夫やで ~おばあちゃん助産師のお産と育児のはなし~』では、出産や育児のアドバイスをされていましたが、今回紹介する記事では男女の在り方にもふれ、男女同権思想がセックスレスにつながっていることに言及されています。
坂本フジエさん

以下(リンク)より、引用します。

◆赤ちゃんは全部分かってる
動物は生まれたら、すぐに立とうとするでしょう。人間の赤ちゃんは絶対に立たれへん。歩かないということは、何もできないんです。でもそれは、何も分からんと生きているわけじゃない。そのときの感性というものはすごく敏感です。ことに親の考えていることは、もうすぐ分かる。抱いたら肩が凝るとか、子供がはたへ来たら邪魔くさいとか、そんなんも全部。

だからそうじゃなしに「よしよしって何でもあんたのことは受け止めてやるよ」ってせなあかん。ものを言わんから赤ちゃんが何も知らんと思ったら、大間違いや。何でも分かる。そやからもう本当に、大事にかわいいかわいいと、それだけちゃんとするしかないんや。子育ての基本はかわいいと思うことや。

そうやってお母さんが腹をくくったら、大泣きしてる子でも不思議と落ち着くんです。そしたら、もう今、子供も進化してきていますのでね、親のことも子供は分かってくれるんですよ。さっき人間の子は生まれてすぐは立たれへんって言うたけど、このごろ10カ月で歩く子供が多いんです。立って歩きだしたら自立ですよね。

最近は生まれて半年やそこらで勤めに出る方が多いでしょう。私は皆さんに「働いてええで」って言います。でもその代わり「夕方迎えに行った時に、あんたよう遊んでくれたからお母ちゃん本当に仕事できて嬉しい」と、心の底から喜びを伝えてやり、って言うんです。子供からしたらね、大好きなお母ちゃんが喜んでくれることはまたしようって気になりますよ。子供はそうやって進化していってると、認めてええんちゃうかな。

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。それで育児の50%は終わりです。お母さんと子供との間に、強力な信頼関係ができる。そしたら自己肯定感が磨かれて、お父さんやおじいちゃんおばあちゃんとか、年上の人らと信頼関係を築いていけるようになる。そういう性根はね、その子の一生続くんですよ。

◆女と男は一緒ではない
努力の努は「女のマタの力」と書きますけど、子宮の力は国の礎ですよ。子供が生まれんかったら国は亡びるんですから、いわば最後の砦です。そういう女の股の力がね、全部なくならん間に何とかしてほしいなと思う気持ちがやっぱり私にはあるんです。

近頃は男女平等、平等って言いますけど、女は昔っから特権階級ですよ。神様が子供を産むということを女の人に与えているわけじゃないですか。日本の昔の女性が賢かったのは、自分が上位であるけどそれを表向きは隠していたことです。旦那を立てる。でも実際は自分が上位。そういう家庭が、多くあったんですよ。

でもそれがいつの間にか、仕事の面で「女性が抑圧されている」って世の中がなりました。それで安倍首相なんかもいろんな政策をやっとるんでしょうけど「女性が安心して働けるように」っていう感じのものが多い。でもそれは自己中心主義の気持ちを、助長させるような政策に思えるんです。

男女雇用機会均等法ができて以降、家庭でも会社でも、女性と男性が同じような役割を果たすべきという考えが当たり前になりました。でも私はこれには断固反対です。男性と女性は本来、全く違うんです。同じようにしたら歪みが出てくるんは当たり前です。セックスレスの夫婦は最近ほんとに多くて、深刻な問題やなぁと思うんですが、男と女がおんなじようになってきたら、セックスせん人が増えるんは分かる気もします。

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2021年02月04日

支配から自主管理へ-3

引き続き、脱支配構造にむけて、自主管理について探りたい。

現代のように単一集団を超えた社会次元でとらえたときに、支配構造ではない統合様式が求められる。自主管理とはいえ、その集団では捉えられない課題があり、人類社会として統合されなければならい。いわゆる秩序を維持することは生命原理に照らしても存亡にかかわる根源的な原理といえる。

これまでのように理不尽な課題の押し付けやもたれかかりは自主管理の構造にはそぐわない。基本は自らの生きる場を自らが創るというスタンスに立ちつつ、集団を超えた課題の分担として統合機構をどうつくるのかが課題である。それは専任化した特建存在ではなく、どの集団も参加すべきインフラとしてあるべきだろう。

そして重要なのは、利権に基づいた判断ではなく、だれもが納得できる事実に基づいた判断に貫かれた統合機構であることだ。そのヒントとなる記事を紹介したい。

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2021年01月29日

支配から自主管理へ-2

前回、まさに今支配から自主管理へ転換する可能性があり、人類史的には共同体としての自主管理によって過酷な課題を強固な意思疎通で生き延びてきたことを述べた。

引き続き、支配という枠を脱して本来の自主管理体制に移行していくには、自主管理というものの本質をつかんでおきたい。

そこでは、あくまで集団が勝っていくことが大前提となる。そのために現実を徹底して直視することが求められ、その集団にとって可能性を志向するのみといえる。現代において現実とは、社会的な関係のなかにあり、その圧力構造に適合することにある。

具体的には生産も生殖も一体化して自主自律することであるが、閉じた存在ではなく社会との関係形成を働きかけることが重要となる。

脱支配とは、強制がないとはいえ、決して思い通りになるような甘いものではないが、自主管理の神髄は自他が一体として捉えられるかにあるのではないだろうか?

その可能性に向い、課題を実現していくことこそ最大の活力となる。

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2021年01月28日

縄文以前の性感覚がよみがえる時

自然に考えれば性欲が盛んなはずの男子大学生の中に、AV(アダルトビデオ)を観てセックスが嫌いになり、「あんなことは絶対にやりたくない」と言いきる人がめずらしくなくなっています。もともと男性のマスターベーション用につくられたAVの商業的特性として、とにかく必要以上に神経を刺激し、興奮をかき立てるために、男性が女性を征服し、辱めるという暴力的なイメージが塗り込められているものが大半です。だから、恋しい彼女を獲得した「オス的高揚感」があるうちはできたけど、もっと心を許した家族的な関係になると、できなくなってしまうのです。

このようなセックスレス事象を、どのように捉えたらいいのか、どうしたらいいのか!?
以下、夏目祭子・著『あなたが目覚める愛と性のギフト』から、引用します。

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2021年01月26日

恋愛観念は、日本にどのように広まっていったのか?

かつて日本では、お見合いや親が決めた相手と結婚するというのが当たり前でしたが、現在は結婚相手は自由に決める、自分で決めるということが一般的になっています。
これは、西欧で生まれた「恋愛」という観念が明治時代に日本に輸入され、大正時代には「大正ロマン」という言葉とともにロマンチックな憧れの対象と受け止められ広まっていったことによります。
では、恋愛観念はどのように人々に広まっていったのでしょうか?
その時代の様子を紹介します。リンク より

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大正時代は、1,912~1,926年の14年間と、日本の歴史の中ではとても短いものですが、この14年間で日本は大きく変わっていきます。大正時代を前後して、都市を背景にした大衆文化が成立しました。現在まで続く生活様式の殆どが、大正時代にルーツのあるものが多いことも事実です。

●町の変化

大正時代には、町の様子も変化を遂げ、町から街が形成されていきます。
東京では丸の内や大手町に、エレベーターがついたビルディングの建設が相次いで、一大オフィス街へと形を変えていきます。それまでは農村だった渋谷や世田谷に下町で焼け出された人々が移住し、単なる盛り場だった新宿や渋谷が副都心へと姿を変えていきます。

大阪では非常に数多くの私鉄網が完成し、とりわけ阪神急行電鉄の巧みな経営術で、住宅衛星都市郡が大阪平野に出現しました。東京帝大を卒業した半数の就職先が民間企業になり、『サラリーマン』が大衆の主人公となります。明治時代まで呉服屋であった老舗が、次々と百貨店に姿を買え、銀座はデパート街へと変っていきます。大正時代最後の年には、神宮外苑野球場ができ、東京六大学野球の勢いが益々盛んになります。

●世の中の変化

都市交通の桧舞台に自動車がのしあがり、円タクなども登場して、陸運手段として、旅客・貨物を問わず、大きな地位を占めるようになります。

食文化では洋食が広まり、『カフェ』や『レストラン』が急成長を遂げ、飲食店のあり方が新しいものへとなっていきます。
欧米式の美容室やダンスホールなども都市部においては珍しいものではなくなりつつありました。男性の服装も、和装から洋装へと変化します。
一方、地方の農村や漁村では、こうした近代的な恩恵を受けることができず、都市部との差が出てしまったのも大正時代の特徴と言えるでしょう。

●新聞
新聞の部数も数多くなり、大阪朝日新聞、大阪毎日新聞が100万部を突破して東京に進出し、読売新聞も対抗して成長を果たします。朝日、毎日、読売という今日の三大紙の基礎が、こうして大正時代に築かれました。

●活動写真

活動写真とは、現在でいう映画です。初めて活動写真が公開されたのは明治時代ですが、大正時代に入り、こうした娯楽が徐々に充実していきます。電気館という洋画の封切り館として親しまれていたこの映画館では次々と作品が輸入されました。

●ラジオ

大正時代には、日本で始めてラジオ放送がされました。1,925年3月22日午前9時30分、社団法人東京放送局(現在のNHK東京放送局)が、京田武男アナウンサーによる第一声が、東京・芝浦の東京高等工芸学校に設けられた仮送信所から流されました。
この一言からラジオ放送がはじまりました。
大阪放送局では6月1日から仮放送を開始し、名古屋放送局では7月15日に開始しています。

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このように「新聞」「ラジオ」「映画」が急速に拡大した時期でもあり、それらは集団規模をはるかに超えた国家や外国で、今、何が起きているのか?という社会認識欠乏に応えた記事(ニュース)を提供するとともに、娯楽欠乏に対して、新しい娯楽を提供して急拡大したものです。

新しい娯楽とは、新聞の連載小説、ラジオの歌謡曲、映画(とポスター)etcであり、その中身は、「恋愛」「純愛」モノが大半で、心に響くように美しくわかりやすく表現され、大衆に受け入れられていきました。

今から100年前、「新聞」「ラジオ」「映画」という洗脳機関が日本に登場し、「恋愛」「純愛」が教え広められていったのです。

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